9月10日に日本酒ヒストリア 近現代史を探る①「吟醸酒質の確立-9号酵母と熊本の酒」というセミナー・ワークショップが西五反田の不動前にある料亭「水仙」で行われましたので、参加してきました。
水仙は不動前駅から坂を右に上がったところにあり、写真のような店構えですが、中は立派な料亭の雰囲気のお店でした。この場所は熊本の瑞鷹さんの紹介のようです。
今回の企画はSAKE2020プロジェクトが行ったものですか、このプロジェクトはどんな活動体なのでしょうか。それは日本酒界の有志が集まり、地域や職域を超えて日本酒の振興に取り組むNPOに近い活動体で、2020年のオリンピックに海外からくるお客様をおもてなしできる日本酒環境を整えることを目標としているそうです。具体的には日本酒ビジネス関係者向けのセミナー活動、一般消費者向けのイベント、海外の人が日本酒を楽しむための活動(飲食店のメニューの翻訳など)を行うようです。
この活動体のメンバーをご紹介しましょう
代 表 者 : 日本酒輸出会会長 松崎 晴雄
日本酒ジャーナリスト John Gauntner
実行委員 : 酒食ジャーナリスト 山本 洋子
岡永代表取締役 飯田 永介
トモグラフ代表取締役 川越 智勇
東京酒店代表取締役 柴田 亜希子
この団体が発足したのは今年の3月のようです。4月にはサクラサケ、7月にはジョンゴントナーさんの英語の酒セミナーと一般向けの酒蔵ツーリズムとすでに3回のイベントがありましたが、今回は熊本で起きた地震の被災地を応援を含めて、熊本酵母のセミナーと熊本のお酒を飲むイベントとして緊急に開催されたようです。日本酒には長い歴史がありますが、今日の洗練された酒質の基礎を作ったのは近代以降ですので、それを歴史的な視点から紐解くセミナー・ワークショップをシリーズで展開していくセミナーの第1回目として9号酵母に着目して開かれたものです。
日本酒ヒストリア 近現代史を探る①「吟醸酒質の確立-9号酵母と熊本の酒」は酒類ジャーナリスト・コンサルタントとしても著名な松崎晴雄さんがお話していただきました。会場はこんな雰囲気のこじんまりしているけど、和風テーブル席の格式のある部屋で行われました。
奥で説明されている方が松崎さんです。もうちょっとアップしましょうね。
こんな感じで約1時間講演をいただきました。その内容について僕なりの整理してまとめてみましたので、紹介いたします。
1.熊本の酒づくりの原点
熊本は温暖な気候のところなので、清酒造りが難しいということで江戸時代の細川藩の時には清酒造りは禁止されており、赤酒しか認められていなかったのです。赤酒の製造工程は清酒とほとんど変わらないのですが、保存性を高めるために醪に木灰を入れて、酸性からアルカリ性に変えるために、糖やアミノ酸が反応し赤褐色になるので赤酒と呼ばれました。赤酒は甘めで独特の麹臭がするので今では日本酒としてよりみりんの代わりの高級な料理酒として使われています。料理に用いた場合、肉類・魚類などのたんぱく質を固めず、(身をしめず)ふっくらとした仕上がりにすることができるそうです。
明治になって清酒の製造が許されましたが、永年清酒の製造をしてこなかったので、なかなかおいしい清酒を作ることができなかったそうです。この環境を変えたのが明治39年に熊本税務監督局の鑑定部長に就任された野白金一さんです。ここで野白さんは熊本県の蔵の酒造りの技術指導をいたしました。明治42年に熊本県酒造組合は県の酒造業者の出資で、酒造技術向上のために熊本県酒造研究所を設立し、初代所長として野白さんを迎え入れることにしたのですが、これが熊本県の清酒の発展の始まりとなったといわれています。この研究所は最初は瑞鷹の工場の一部にあったようですが、大正7年に株式会社として現在の地(熊本駅の近く)に移転しています。野白さんはのちにこの会社の社長になっています。
2.野白さんの功績
野白さんは当時は市販されていない高級酒の吟醸造りの発展に貢献しました。具体的には空調設備の整っていないころ麹室の温度湿度を調節するために野白式天窓を考案したり、温暖な熊本でも吟醸造りが可能となる様々な技法を開発しています。その結果昭和5年には瑞鷹の酒が全国酒類品評会で全国1位を獲得し、全国から注目されるようになり、野白さんは「吟醸酒の神様」といわれるようになります。
そして昭和28年に、のちに協会9号として領布されることになる吟醸用「熊本酵母」の開発に成功します。この熊本酵母は熊本県酒造研究所の蔵から抽出培養されたもので、蔵で使うほか、交流のある蔵に提供して使われていたのですが、評判が広がり全国から協会として広く領布してほしいとの要請が来たことから、昭和43年に日本醸造協会から9号酵母として領布が始まり、吟醸酵母として広く使われるようになりました。
そうはいっても吟醸酒は広く市販されているお酒ではなく。品評会用の高級な酒のイメージが強いのですが、この吟醸酒造りの技術がもとになり、清酒全体の酒造技術向上に貢献した功績が大きかったと思われます。
3.吟醸ブームにおける9号酵母の役割
吟醸酒が広まってきたのはそんなに古いことではなく、昭和の終わりごろといわれています。その前は大手蔵から大量に安価なお酒が出回った時代であり、吟醸酒があまり注目されなかったのですが、オイルショックで景気が下向きになったころから地方のおいしいお酒を飲みたいという動きが出てきた頃(昭和60年すぎ)から吟醸酒が注目されるようになったようです。
YK35という言葉を知っていますか。原料の酒米には山田錦(Y)を、酵母には協会9号(K)を、精米歩合を35%まで高めれば(35)、良い酒ができて鑑評会でも金賞が取れる、という公式めいた言葉を意味します。この言葉は昭和60年ころに広島で生まれたといわれていますが、協会9号酵母が吟醸酒に適した酵母ということをはっきりと言っているところが凄いですね。
当時全国の吟醸酒が協会9号を使っていたかというとそうではありません。東日本では茨城県で生まれた協会10号が広く使われて、西日本では協会9号が使われていて全国を2分していたようです。それが平成になって山形県の蔵が協会9号を使って、協会10号より香りがあって味わいの濃いお酒が金賞をとったことをきっかけに、協会9号が全国で広く使われるようになったようです。
今では9号より香りの高い18号酵母が現れたり、各県が独自に開発している新しい酵母が現れるなど多様化していますが、9号酵母が吟醸酒酵母として魚介を引っ張て来ていたことは間違いないことだそうです。
4.熊本酵母と9号酵母と9号系酵母の違い
熊本酵母は熊本県酒造研究所の蔵から抽出した酵母であり、それを協会で培養したものが9号酵母なので、同じものですが全く同じものとは言えません。それは培養を重ねているうちに少しづつ変異するからです。協会9号が出た後も熊本県酒造研究所は独自に培養を続けており、その中から、熊本1号(KA-1)や熊本4号(KA-4)などを領布しています
9号系酵母というのがありますが、これは熊本県酒造研究所からもらい受けた熊本酵母を各県で独自に培養をした酵母とか、購入した9号酵母を蔵で培養して保存してあるような酵母を総称して9号系酵母と呼んでいます。
また、9号酵母から派生した酵母は色々あるようで、例えば金沢酵母の協会14号は9酵母から生まれていて、今人気の酵母である協会18号酵母も9号酵母から生まれれていると言われています。その面でも9号酵母は酵母を代表する優良酵母といえます。協会14号酵母は酢酸イソアミル系の香りのする酵母で、協会18号はカプロン酸エチルの香りが高い酵母ですが、それが同じ9号酵母からできているのは不思議な気がします。培養選別をしていくと違ったものになるのでしょうね。
九州のお酒は全部が9号酵母ではありませんが、酸があって厚みがあり、苦みがあって奥行きのある味わいは熊本酵母や9号酵母の影響が多いのは間違いないそうです。
5.最後に
近代の酒造史に果たした熊本県酒造研究所と熊本酵母は日本酒遺産にしたいと思っていて、今後そうなるように働きかけるそうです。また、日本酒ヒストリアの第2弾は広島を取り上げるそうですので、楽しみですね。個人的に松崎さんにお聞きしたら、6号酵母や7号酵母についても取り上げてみたいと言われていました。
以上で松崎さんの講演内容の紹介は終わりますが、
今年の4月に起きた熊本大地震で熊本県の多くの蔵が大きな被害を受けたことは知っているでしょうが、熊本県酒造研究所が持っている熊本酵母はどうなったのでしょうか。そのことについて地震の後に蔵を訪れたダンチュウの方からの説明がありました。
<熊本大地震で熊本酵母はどうなったのか>
蔵は煙突が新幹線側に倒れるな大きな被害がありましたが、熊本酵母は無事だったそうです。それは野白先生の時代からどんなことがあっても酵母は守るということが伝えられていて、2重3重の保護がされていたからだそうです。具体的には酵母を冷凍保存している冷蔵庫には停電時の自家発電装置がついていること、それがだめになった時のために乾燥保存をしていたそうです。
それだけでなく、酵母の保存してある場所は煙突が倒れ来ても影響のない場所にレイアウトしなおしたり、酵母の培養室の冷蔵庫は頻繁に開け閉めするものなので作業上大変不便になるのにもかかわらず、地震時に冷蔵庫の扉が勝手にあかないようなフックを付けるなど酵母を守ろうという心配りが社員全員に行き届いていたそうです。だからこそ酵母が守られていたのですね・・・・ ありがとうございます。
<熊本のお酒の試飲>
このあと別部屋で熊本県の9号酵母のお酒をいろいろいただきましたが、、お酒の個別の説明はありませんでしたので、写真だけの紹介をさせていただきます。
左から 千代の園酒造 大吟醸 山田錦、純米吟醸 神力55
瑞鷹 東肥の赤酒、 龍力大吟醸 米のささやき
左から
香露 特別純米 神力60、 瑞鷹 純米大吟醸 銀 山田錦48
瑞鷹 純米吟醸 YK-55、 純米酒 菜々 、特別純米 レイホウ
左から 亀萬酒造 野白金一式純米酒、 純米吟醸 萬坊
左から 香露 大吟醸 山田錦35 、吟醸酒
お酒の批評はしませんが、最後写真の香露の大吟醸の角瓶は僕が昔、大吟醸とはこういうお酒を言うのだと教えられたお酒でした。その時の印象はとても薫り高いいかにも大吟醸というお酒でしたが、今回久しぶりに飲んだら、香りはずっと抑え気味ですが、酸味も感じられるが、バランスの良いお酒になっていたので驚きました。香露の酵母も時代によって変わて来たのか、造りが違うのかわかりませんが変化していることは確かだと思います。
今回飲んだお酒を統一して説明するのは難しいけど、ざっくり言えば、ある程度の幅があって、スッと広がるちょっと野太い感じがするお酒ではないかなと思いました。
この後このお店の懐石料理を食べながらの懇親会に入りましたが、これについては省略させていただきます。
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