永井酒造と川場村との関わり合いについては前のブログでご紹介しましたので、今回は蔵の酒造りの紹介をしたいと思います。この蔵は明治19年に初代当主の永井庄治さんが川場村の水の良さに惚れて創業したと聞いていましたので、まず地形から調べてみました。
まず下の写真を見てください。永井酒造と、吉祥寺、道の駅川場の位置関係が分かるように示してあります。この地区に1級河川が3本流れています。右から薄根川、それに流れ込む桜川、一番左側に流れる溝又川があります。永井酒造は桜川と溝又川に挟まれたところにあります。
永井酒造の北に吉祥寺があり、その北の奥に武尊山があり、そこから流れ出してくる水が仕込み水となりますが、その水は柔らかくて少し甘い、硬度が60の軟水です。下の写真は蔵から吉祥寺と武尊山のほうを眺めた時のものです。吉祥寺はちょっと見えませんが、奥に見ええるのが武尊山だと思います。武尊山はもともと火山で、5万年前に大噴火をしてすり鉢状のこの地ができたらしいです。
蔵の南側は利根川の支流の片品川に向かって開けており、日当たりがよく、標高が500mもあるので、昼夜の寒暖の差も大きいので米の栽培に適しているそうです。その地形がよくわかる地図をお見せしましょう。赤い印が永井酒造で、南に633mの小さな山がありますが、ずっと開けています。
この蔵は創業から130年を超える歴史がありますが、今の新しい蔵になったのは永井則吉さんが大学を卒業して蔵に戻った1994年です。則吉さんはその年に新しい蔵になることはわかっていましたので、蔵に戻るのならその時に戻らないと蔵人たちと同じ気持ちになれないと判断したそうです。蔵に戻って、持ち前の建築の腕を発揮して蔵人と一緒に新工場の建設に携わったことは後々大変勉強になったそうです。
新しい蔵の建設や水芭蕉の商品化を進めたのは1989年にカナダから蔵に戻ってきて社長になった、兄の彰一さんでした。もともと永井酒造は地元向けの酒の「力鶴」を主力製品としていましたが、品質が悪くあまり評判が良くなかったので、思い切って量から質への転換を試み、1992年に「尾瀬の酒 水芭蕉」を世に出すことに成功しました。その後順調に量が伸び始めたので、思い切って1994年に新工場を作ることにしたそうです。
古い蔵での売り上げは3億円(たぶん1000石弱)で新工場建設費は12億円でしたから、同業者からは2年でつぶれるのではないかと言われたほどだったようです。則吉さんのお話では新蔵で早く安定した酒造りをするのに懸命で、1年目はなかなか思う通りにはいかなかったけど、2年目には金賞ととれるほどにはなったものの、ちゃんと安定するには4年ほどかかったそうです。
ちょうどそんな頃フランス人のジャン・ミッシェルさんが蔵に来て、「日本酒はなかなかいいけど、ワインに比べるとアルコール度が高いのがネックかな」といったのが気になったのとワイン造りの奥の深さとワイン酒造りの思いに負けた気がしたそうです。それをきっかけに低アルコール酒を作ったけど売れないので、次にチャレンジしたのが発泡酒です。日本酒を瓶内二次発酵させシャンパンのようなスパークリングできないかということで、兄弟で力を合わせて開発して完成したのが、アルコール度13%の「MIZUBASYO-PURE」だそうです。このお酒が完成したのが2008年ですから兄が田園プラザ川場の社長になった2007年のちょっと後だったようです。
この蔵の前景の写真を撮りましたのでお見せしましょう。3階建ての立派な建物です。
もっと近づいた時の写真もあります。奥に見える建屋が昔の蔵で、一部はお酒の試飲や購入のできる古新館と蔵カフェになっています
今の生産量は3300石で、水芭蕉が1300石で、谷川岳が2000石だそうです。その造りの違いは以下の通りです。
水芭蕉:米は山田錦と川場村の雪ほたかで酵母が群馬県の開発酵母のKAZEです。KAZE酵母は9号酵母をベースで開発されたもので、カプロン酸エチルと酢酸イソアミルの両方を出る酵母です。
谷川岳:水芭蕉以外の米、五百万石、美山錦で酵母は9001号を使った地元向けに出しているお酒で、高いものでも純米大吟醸50%磨きで、3000円/1升、普通酒で1600円/1升と価格を抑えたお酒です。
それではいよいよ蔵の中の紹介をします。
<洗米浸漬>
この蔵は大吟醸も普通酒も8トン仕込みでこの写真の装置は浸漬用のタンクです。装置の下で洗米をしてこのタンクにあげて、それを袋に受けて手で限定吸水するとの説明でした。だとするとこのタンクは水切り計量タンクなのかもしれません。正確にはわかりませんが、全量限定吸水をすることは確かです。限定吸水だけは人手をかけて人海戦術でおこなっているそうです。
ここで面白いものを見つけました。ここで使われる各種の道具が奇麗に整理整頓されていました。
この整理整頓は元サントリーの工場長に来ていただいて、工場改革をしているものの一環だそうです。
<甑>
縦型の連続甑を使っていました。僕は初めて見たものですが、大変優れたものだそうです。お米を上から入れて下から蒸米を入れるのですが、一番下が上から重みで圧力がかかるのでここに温度の高い蒸気を入れることによって乾燥させるそうです。もちろん蒸気は上段、中段、下段と分けて吹き込むことができます。普通酒から大吟醸までこれを使いますが、能力は1.5トン/時間なので、600kgより少ない蒸しの場合は昔ながらの甑を使うそうです。
この連続蒸し器の下部からは細かく分散された蒸し米が連続的に出てくるそうで、その部分を示します。
<放冷機>
下の写真が連続放冷機です。
放冷機の後は麹室まではエアシューターで送りますが、放冷機で35℃くらいになった蒸米を麹室に27-8℃に届くようにするための温風を作る装置が用意されていました。
<麹室>
麹室と言いっても普通の室ではありません。連続製麹装置が置いてる部屋でした。でも則吉さんはこの装置を麹室と呼んでいました。装置そのものが麹室の機能を完全にコピーしているからでしょうね
これと同等の機能を持つ装置は他社でも使っていますが、基本的には従来の麹箱で使っているやり方に合わせてカスタムメイドにするので、1基2億円もするそうです。
この蔵は総米8トン仕込みですから麹米は総量が1.6トンになるわけで、それを酒母用、添え用、仲用、留用に分けて麹を作りますが、酒母と添え、仲と留は一緒に造るので、1回の麹造りは800kg~900kgになるそうです。
下の写真が一番上の部分で蒸米の引き込みと種切と床もみをするところです。床もみと言っても手でやるわけではありません。端まで動いたら、上から順次下の段に落としていきます。
どこでどんな作業が行われるのかなどの詳しいことはわかりませんが、切り返し、盛、仲仕事、仕舞仕事と続くようです。
麹の厚みの制御は下の写真ような歯型のついた板の角度を調整して行うようで、厚みは1cm刻みで3~7mmで可能だそうです。
この製麹装置は装置を覆っている壁の温度制御と麹の厚み制御などで麹が予定通りの温度になるように人が制御しているので、完全自動ではなく人間の感性を生かして動かす装置です。でも麹をかき混ぜたり、清掃などは自動化をしてしていることにより、人がかかわりあえる時間をたくさん持てるようにしたそうです。
また、この装置は1週間ごとに1仕込み用の麹を作るので、1週間に2日は清掃に当て、4日半を麹造りに充てるようです。
下の写真は出麹の部分でここは完全に自動で温度管理と乾燥を行うそうです。
<仕込み>
仕込みタンクは8トンタンク、5本で回しています。週1本仕込みで5週で廻しているそうです。各タンクはそこが丸くなっていて撹拌機がついているOSタンクと言われるもので、発生した炭酸ガスにより対流が起こり、攪拌する必要がないそうです。
そしてこの5つのタンクはwindows系ではなくアナログ系のコントローラーで制御されていました
試験的に行う小型の仕込みタンクもありましたが、3~5トンくらいあったような気がしました。
<火入れ>
谷川岳の普通酒はプレートフィン熱交燗器で火入れしていますが、それ以外のものはすべて生貯蔵をして、火入れする時はパストライザーで瓶燗火入れを行うそうです。写真にある小型プレートフィン熱交は熱交型火入れでもイソバレルアルデヒドを減らせるかのテスト用として購入したものだそうです。
<貯蔵>
貯蔵タンクでちょっと面白いものを見せていただきました。発泡ポリウレタン断熱をした貯蔵タンクでー0.5℃。-2.2℃、-3.0℃、-4℃のタンクが置かれていて、谷川岳の普通酒以外のお酒はすべて生で低温熟成させ、毎月利き酒をして味わいが載ったことところで出荷するようにしているそうです。今年から谷川岳の普通酒以外はすべてこの生貯蔵を通ることにしたそうです。これはすごいアイデアですね。
この方式に至る前に熟成に関する様々な研究を20年間行ってきたそうです。最初15℃では熟成が早すぎて3年でピークが来てしまったので、10℃、5℃、0℃、-5℃の実験をしたら0℃~10℃は温度が低いほど熟成の始まると時期が遅くなるけど、熟成のスピードはほとんど変わらないこと、0℃以下になると熟成のスピード自身が変わってくることが判り、今では0℃からー5℃の温度帯の研究をしているそうです。ぜひこの研究はもっと深めてほしいと思いました。
全部1万Lタンクで3000Lづつ瓶詰めするので、どうしても空気が入った状態になるので、全部窒素ガスでシールしているそうです。それなら窒素ガス製造装置を買ったほうが安いですよと進言しておきました。
<分析室>
この分析室に面白いものがあることを知りました。作ったお酒は容器の大きさごとに3本サンプルをとっておき、1本はこの分析室で常温に置き、1本が0℃保存をし、1本は利き酒ようとして使うそうです。鑑定士の先生と社長と杜氏と副杜氏の4人で月に1回きき酒をすることになっているそうです
<MIZUBASYO-PUREの作り方について>
これを作るところはさすがに見せていただけませんでしたが、去年行われた日本酒セミナーでその作り方の紹介をしていましたので、それを紹介します。それによるとポイントは以下のようになるそうです。
・ 瓶内2次発酵でガスボリュウムを安定させる
・ 濁り酒とクリアな酒の調合比の決定(味わいを整える)
・ 澱の量を減らして動瓶しながら澱引きする
・ 発泡酒の火入れのタイミングと経過温度
僕はこれについてさらに突っ込んで聞いてみました。
シャンパンでは澱の部分を凍らせてその部分を取る作業をしているのにPUREではどうしてそれをやらないのですかと聞いたら、日本酒の場合は澱が多くて逆さにすると瓶の口の広がった部分まで来るので凍らすことができないそうです。
それではその対策はどうするのですかと聞いたら、温度をー6℃以下に下げて十分に内圧を下げて、澱を抜くそうです。でも技術的には難しそうですねとお聞きしたら、確かに難しいけど、抜いた後でも全体の3/4は残るので、残ったどうしで混合して使うそうです。一本一本手作業なので高くなるのですね。
<古新館>
昔の蔵を改造して、展示と試飲ができる古新館で試飲しました。ここではオリジナルな食事や水出しコーヒーが愉しめる蔵カフェもあり、大変人気になっているそうです。
<NAGAI STYLE>
則吉さんが社長になっていろいろな改革をしてこられましたが、そのなかで行ったことの一つにNAGAI STYLEの確立があります。これは料理に合わせたお酒の組み合わせとして以下の4つに分類し、料理の合わせて4つのスタイルのお酒を提供しようという考え方です
・ SPARKLING SAKE (乾杯の酒 MIZUBASYO-PURE)
・ STILL SAKE (吟醸酒から純米大吟醸)
・ VINTAGE SAKE (10年以上熟成酒、古酒ではない)
・ DESSERT SAKE (貴醸酒をベースとした食後酒)
確かにこの考え方は同意できますね。問題があるとすれば、本当にそれにあったお酒が提供できるかどうかですね。
<試飲したお酒>
・ MIZUBASYO-PURE 4500円/4合
・ 純米吟醸 かすみ酒 山田錦60 1500円/4合
・ 純米吟醸 山田錦60 1300円/4合
・ 純米大吟醸 翠 山田錦50 1600円/4合
・ 純米大吟醸 雪ほたか50 2000円/500ml
・ 純米吟醸 生酒
・ MIZUBASYO DESSERTSAKE 3000円/200ml
更に特別にお願いして純米大吟醸ビンテージ2005を飲ませていただきました。
一本一本のお酒の批評はしませんが、僕のコメントを書いておきます。
・ 僕のお気に入りはデザート酒とかすみ酒でしたが、デザート酒は他にないオンリーワンのお酒でとても気に入りましたが、もうちょっと安くなってほしい
・ 家飲みするなら純米吟醸の1升瓶かな
・ 純米大吟醸の山田錦と雪ほたかの比較だと山田錦に軍配を上げるな。雪ほたかは価格が高いからね。
・ PUREはもう完成した域に入っているけど、初めて飲んだ時の感激はなかったのは、こちらが慣れたせいかもしれません。
・ ビンテージ2005は価格が約3万円弱と非常に高いだけにちょっとがっかり。確かに熟成して丸みが出て広がりのあるけど、これだけのお金を出すのならもっと凝縮感があって、奇麗で且つ味わいがあって伸びもあるけどいつの間にか消えてしまうような驚きがほしいと思いました。それをどうしてらいいかは素人の僕にはわからないけど、ヴィンテージに合わせたそれ専用の酒質を最初に作る必要があるのではと感じました。
<まとめ>
永井さん お忙しい中長い時間ご案内いただいてありがとうございました。永井さんが取り組んでいる方向に間違いはないと思います。酒造りには終わりがないと、絶えず探求し続けるお姿には大変共感しました。また、農家と一緒になって酒造りのための共同体を作ろうとしていることはこれからの酒造りの一つの方向だと思います。さらに努力していいお酒を造り続けてください。
最後に老婆心ながら、年寄りからの意見を一つ言わせていただきます。僕はこの蔵の造りの単位が大きいので、商品としては失敗できないという思いが出てしまうのではと思うのです。チャレンジし続けるには失敗を覚悟で試験を重ねることだと思います。そのためには造りの単位を7-800㎏レベルの試験ができる環境があったほうがいいのではと思いました。素人の意見ですがもし賛同をしていただjければありがたいです。
最後に改めて丁寧にご案内いただいた永井社長に感謝いたします。
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